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大会参加記



第10回福知山マラソン(2000年11月23日)







第10回福知山マラソン(2000年11月23日)

   ダイエット目的で8月から走り始め、徐々に距離もこなせるようになって 「レースに出たい」と思い始め、「どうせでるならいきなりフルマラソンや!」 などととんでもないこと考えしまっておりランナーズへ申し込む。

 1ヶ月前に何とかホテルを予約でき、後は「実際の距離42.195kmを走って おこう」とまたとんでもないこと(当時の走力から考えると)を思いつく。以後日記風に

11月3日
 自宅から長居公園の往復約43km、あの大阪国際女子とほぼ同じ ルートを走る。ただ、復路で、杭全の交差点には横断歩道がなく、歩道橋を通らね ばならず、脚が相当痛くなっており(当たり前や)のぼるのに苦労した。淀川大橋 の上で、「何でこんなことしてんねん」と自分に腹立つ始末。やっと西淀川の自宅 に5時間45分かかった。福知山の制限時間は5時間。「あかんわ、もっと練習 な」と思いまたトレーニングに励むのであった。
 11月5日
 大阪城までLSD。実は家を出るとき迷っていた。「疲れがまだ取れ ていない。休め」と体が発信しているにもかかわらず心が「GO!」サインを出 していた。大阪城内に入ったとき、右脚のすねに激痛が走り、とてもじゃないが 練習続行できる状況でなくなってしまう。歩いても痛い。汗がだんだん引いてきた
 11月6日
 整形外科へ診察に行く。「骨膜炎」と診断される。先生から「痛みが引く まで走ってはダメ」と言われがっかり。しかし「疲労骨折」とも思っていたので 最悪の事態は避けられそう。帰宅すると来年の泉州国際の通知がきていた。走り 出したくなりそうになる。我慢、我慢。
 11月11日
  久々に5kmジョグ。おっかなびっくりだった。プロスポーツ選手が故障 が癒えて、「もうしないか?」「本当に大丈夫か?」と恐る恐るになる気持ちが わかった気がした。
 11月15日
 38度も熱があり会社休む。あと1週間。故障せずに体調不良となる。
 11月16日
 出社。上司より「転勤」の内辞を受ける。20日付で異動とのこと。 せっかく22日有給取ってたのに、休暇から引継へと変わってしまう。
 11月21日
 往復の切符押える。行き 20時42分 タンゴエクスプローラー3号
帰り 18時06分 北近畿16号
 11月22日
 いつものように出社。「転勤なかったら今から楽しいやろなあ」なんか考えて もしゃーないこと思ってる。でも、楽しいことは凝縮してる方がええやろと 言い聞かせる。
 6時退社。福知山に着いても買う場所ないやろ、あっても売り切れの場合があると思い 帰宅途中に明日の食べ物やサプリメントを仕入れ7時過ぎ帰宅。
 8時過ぎ出発。久々の遠足のようだ。予定通り20時42分 タンゴエクスプローラー3号
に乗り込み、ビールを飲んで早や夢の中。到着5分前までこんな状態。22時25分福知山着。
会社の同期が福知山に勤務しており、ホテルまで送ってもらう。「明日も三段池まで送るよ」というありがたいお言葉。 やっぱり持つべきものは友達か。
 ホテル到着22時45分。駐車場には福島や岩手、宮崎等本当に全国 から集まっているんだなあ、と感じた。何も食べずに23時過ぎ就寝。

いよいよ当日
 5時半起床。シャワー浴び朝食。昨日買いこんだパン3個(あんパン、メロンパン2個)と
コーヒー。メロンパンは大好きで、端のかたいパサパサしたのがいいなあ。
ベチャーとしたのは今イチ。
 6時過ぎに朝食終了。また眠くなりウトウト・・・ 7時過ぎまでこんな状態が続く。
 7時半に迎えにきてくれるのでロビーに。眠そうにやってきた。「申し訳ない」と
思いつつも三段池まで。
 8時前 会場到着。着いて真っ先に考えたのは「スタートまでどう時間過ごそかな」
である。まだ2時間以上ある。アップも必要だが、スタートまでに疲れるのもいや、という
わけで更衣室である体育館でじっとしておこうと思ったが、優柔不断であるため周囲の参加者
につられて着替えて即アップ。約30分 長いかなとは思ったが「まっ、いいか」くらいしか
考えていない。まだ9時になっていない。このころやたら人が多くなってきた。6時2分大阪発
に乗ってきた人が着いた頃だった。来年はこれにしようかな。一旦体育館に戻りサプリメント
補給。関門時間のチェック。「楽勝やな」とほくそえむ。どこまでも強気。何様や。
あとはのんびりと・・・
 10時 ゼッケン番号「18110」のスタート地点、なかなかないなあ。よく見ると一番後ろや。
妙に最初の関門が気になりだした。最初の関門で引っかかったらシャレならんでえ、と思った
が4キロを36分であるから最初10分ロスがあってもキロ6分でクリアできる。「なんや」晴れたり曇ったりの心境。
 10時30分 スタート 全然動かない。当然だ。1万人近く参加しているのだから。でも3分
くらいからボツボツ動き出し、スタートしてから8分後にスタート地点通過。いきなり下り坂。
この坂、ゴール前の上りとなるわけだ。気負うことなくいくことができる。いつものペース、キロ6分で。
最初の10キロ1時間8分。ロスタイムを考えると順調。20キロ通過。2時間10分。自分の予定通り。
しかし、初マラソンのせいか、徐々にスピードが落ちてきている。しかし、「壁は30キロを
過ぎたらやってくる」と1流選手のような強気なこと考えている。25キロに壁でなく「痛み」がやってきた。左脚のふくらはぎが痙攣し走れる状態でなくなった。
2、3分歩くがまだ痛い。おまけに足の裏までも痛くなる。まるで足の裏の骨が直接地面を蹴っているようで激痛が走る。
リタイアも考えた。が、次の関門まで余裕がある。もう少しがんばろう。30キロ通過。3時間20分。 次の関門は32キロ、3時間45分。これが目標だ。
 ずっと気になっていたことだが、オートバイが1台 カメラをもって追っかけていた。前後をウロウロしている。 被写体はどうも近くを走っているのだろう。そう思うと歩いておれない。少し元気でた。また走る。また痛くなる。 この繰り返しで35キロ通過。4時間1分。最終関門まであと2キロを19分で走ればいい。しかし、思うように足が 言うこと聞いてくれない。またオートバイが抜いていった。目標が「タイム」でなく「オートバイ」と変わっていく。 やる気がでる。目標が目に見えるものだから気合が入る。が、入れすぎると痛む。36キロ付近でオートバイを振り切って 最終関門37キロ通過。4時間16分。これで完走できる。あとは5時間以内でゴールできるかだ。 40キロ4時間39分。最後にあの坂が待っている。「絶対歩かんとこ」と決めラスト1キロ全力疾走? 傍からみれば「走」でなく「歩」であろう。やがて右手にゴールが見えてきた。「やればできる」を実感し ゴール。4時間56分8秒。辛うじて5時間以内で完走。太もも、ふくらはぎ、足の裏すべてが今まで経験したこと のない痛みに悲鳴をあげていたが、心の中は充実感で一杯だった。また機会があればフルマラソンに参加したいなと思い 福知山を後にした。




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